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福岡地方裁判所小倉支部 昭和56年(ワ)539号 判決

原告

馬渕政雄

右訴訟代理人弁護士

配川寿好

吉野高幸

前野宗俊

高木健康

中尾晴一

住田定夫

臼井俊紀

横光幸雄

尾崎英弥

被告

坂田正實

右訴訟代理人弁護士

内川昭司

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金七四〇万一、四四〇円および内金六七二万八、五八二円に対する昭和五五年一二月一三日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の地位等

原告は、別紙目録(一)記載の土地(以下、「原告土地」という)及びその地上の同(二)記載の建物(以下、「原告建物」という)を所有し、昭和三一年六月以来今日に至るまで妻子や母と共に原告建物に居住している。

原告建物は、一、二階とも南側及び東側に開口部を有し、原告は、昭和三一年六月に買受けて以来、この開口部から冬の期間も十分な日照を享受してきた。

2  被告建物の建築

被告は、昭和五五年六月一〇日頃、「原告建物」の南側の別紙目録(三)記載の土地(以下、「被告土地」という。)上にあつた同(四)記載の建物(以下、「被告旧建物」という。)を取り毀し、その跡に、同年一二月一三日頃、別紙目録(五)記載の鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根三階建の店舗(屋上の西側に高さ17.7メートルの屋上タンクが設置されている。)(以下、「被告建物」という。)を築造完成させた。

3  日照被害

被告建物の完成によつて、原告建物の一、二階は、冬至日において、午前八時頃から午後四時頃まで(但し、二階の西側の一部分については、午前八時頃から午後三時頃まで)の日照を完全に奪われ、春分、秋分頃でも殆んど日照が期待できなくなつた。

その上、居宅部分のみでなく、原告が営業している一階浴場部分の脱衣室についても、日影時間が七時間程度の被害が及んでいる。

4  責任原因

被告建物の完成により、原告の被る損害は、次の理由で受忍限度をはるかに越えており、被告建物の建築は原告に対する不法行為を構成する。

(一) 受忍限度

(1) 日照被害の程度

原告の被つた日照被害の程度は、前記3のとおりであるが、被告建物の高さを4.295メートルにすれば、冬至において、午前一一時三〇分から午後二時五〇分頃までの間、日照を回復でき、春分、秋分にはほぼ完全に日照阻害から脱することになる。従つて、被告建物の築造による原告建物への日照阻害のうち、4.295メートルを超える部分により生ずるものは、原告の社会生活上受忍すべき限度を超えるものである。

(2) 地域性

原、被告土地のある地域一帯は、筑豊本線と鹿児島本線に挾まれ、鹿児島本線折尾駅から五〇〇メートル程度離れた住宅地である。

原告土地及び被告土地は、いずれも「商業地域」に属し、建築基準法五六条の二に基づく日影規制区域になつてなく、また、準防火地域に指定されている。

しかし、この地域は、「商業地域」に属するといつても国道一九九号線の南側と比較すれば、その状況は全く異なる。国道一九九号線の南側は、大和ビルを始めとする商業ビルが林立しているが、北側は、殆んどビルはない。そして、原告建物と被告建物の市道の周辺には、松崎ビルを除いて他に商業ビルは全くなく、その殆んどが一階平家建の住居である。

したがつて、単に「商業地域」に属するといつても、その場所により商業振興の必要性は大きな差異が存するものであり、原・被告土地はその実質は「住居地域」と何ら異なるものではない。

(3) 建物の用途

(イ) 日照被害とは、具体的に居住建物における生活侵害であり、その意味で被害建物の用途は、被害程度の判断に影響を与える。

本件で被害建物である原告建物は、居住を目的として、原告が浴場業を営んでいる関係で原告夫婦らは一日家に住んでいる。また、原告らは高齢であり、日照侵害により健康に及ぼす影響も多大である。

(ロ) 加害建物の用途についても、被害程度の判断に影響がある。

本件で加害建物である被告建物は、公共性を全く持たない専ら営利を目的とする賃貸ビルである。

その意味では、公共建築物の場合と比すれば、被害程度は大であるといわざるを得ない。

(二) 故意・過失

被告は、原告に被害を及ぼすことを知りながら、又は、過失によつてこれを知らないで、被告建物を建築したものである。

5  損害

被告建物の建築により原告の被つた損害は次の通りである。

(一) 財産的損害

金一七二万八、五八二円

光熱に関する費用の増大

(1) 暖房器具の購入費

金一万九、〇〇〇円

被告建物の建築により使用を始めた石油ストーブの購入代金

(2) 光熱費の増大

金一七〇万九、五八二円

照明のための電気料及び灯油料は、従前と比較して、月額で金七、九〇二円の増額となつた。

そこで、右月額に原告が居住可能と予想される三〇年間の全額につき、ホフマン方式により、中間利息を控除した現価一七〇万九、五八二円が原告の被つた損害となる。

(計算式 7,902×12×18.029=1,709,582円)

(二) 精神的損害

金五〇〇万円

(1) 原告家族は、昭和三一年六月頃から約二四年間本件原告建物に居住し快適な日常生活を過していたところ、被告建物築造後、附近の環境が一変し、冬期の日照阻害による居住性は著しく悪化した。

原告らは、そのため肉体的に、被告建物築造前については全くの健康体で医者にかかつたことはなかつたのが、原告は喘息気味となつたり、目まいがするようになつたり、原告の妻は胃腸に障害が生じたり、また、母については高齢のせいも存するが、日当りのよいところで生活するために中井病院に入院し、転居を余儀なくされるに至つておる。

一日の生活のうち、朝と夜しか居宅に居ない若い世代の者であればともかく、原告らのように七〇才を超える老人夫婦の場合、これからの生活はその殆んどを自宅で過すことになる。朝起きて目の前が石のカーテンで遮られている感じで、息苦しくてやりきれず、太陽を返して欲しいと願う原告夫婦に与える精神的影響は計り知れないものがある。

(2) 浴場経営の悪化

被告建物の建築後、入浴客の中には寒くてかなわないという人もあり、客数が減少し、また、原告としては市の指導にかかるソーラーシステムの設置ができず、損害を被つている。

(3) 間借申込の減少

下宿人の一人は、原告建物の日当りが良いから死ぬまで居たいと言つていたのに、被告建物完成後は日当りが悪くなつたので原告建物から出て行き、最後に三人いた下宿人が出て行つた後は、日当りが悪いために間借りの申込人がなくなつた。

(4) 以上の点を考慮すれば、原告の精神的苦痛を慰藉するための金額としては金五〇〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用 金六七万二、八五八円

原告は、本件訴訟の提起、追行に関し、一切の行為を原告代理人に委任し、手数料及び報酬として原告の損害額の一割を支払うことを約した。

6  結論

よつて、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として以上の合計七四〇万一、四四〇円と右弁護士費用を除いた内金六七二万八、五八二円に対する昭和五五年一二月一三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告が「原告土地」及び「原告建物」を所有していることは認めるが、その余の事実は不知。

2  同2は認める。

3  同3は否認する。

4  同4のうち、(2)の原・被告土地のある地域一帯が筑豊本線と鹿児島本線に挾まれた地域であること、及び、原・被告土地は、いずれも「商業地域」に属し、建築基準法五六条の二に基づく日影規制区域になつてなく、また準防火地域に指定されていることは認めるが、その余の事実は否認する。

5  同5、6は争う。

三  被告の主張

1  被告建物新築の必要性

被告建物の建築前に取毀した「被告旧建物」の四棟は、いずれも旧国道三号線が敷設された昭和二年前後に建てられた木造建物であつて、建築後すでに五〇年以上を経過しているため、屋根瓦の痛みが激しく、雨漏りが生じており、建物も四棟に分れて入り組んでいるため、暫定的な修繕ではとうてい間に合わず、大修繕には多額の費用を要するほど老朽化して建てかえる必要があり、また、折尾駅前地区再開発計画も検討されていたところから、市街地美化の観点をも考慮して、被告は、被告建物を新築するに至つたものである。

2  日照被害の程度

(一) 原告建物の位置、構造、利用状況

原告建物は、被告建物の北側四メートル幅の市道を隔て南に面して建つているところ、原告が同建物を取得した昭和三一年六月ころは、原告建物の東側は、隣地建物西壁と幅二メートルの露路を挾んで建つており、その一階居室東側及び二階東側は板壁に被われて開口部はなく、同建物南側開口部は、間取り上、玄関と廊下で、一階南側居室は廊下を挾んで廊下に開口していること並びに前記市道を隔てて被告の父早實所有の「被告旧建物」(屋根は切妻)が建つていたので、被告建物が築造される以前から、原告主張のうち一階東側居室は構造上日照が全くなく、一階南側居室部の日照もほとんど望めず、かえつて開口部に簾をかけており、平素は昼間も電燈をつけていた。

原告建物の二階は、貸間及び稽古事の教室に使用され、原告の居室として使用されておらず、一階浴場の南側は番台、脱衣場で北側が浴槽という間取りであつて、営業用に使用されているものであるから、この部分に対する原告の日照侵害の主張は失当である。してみれば、原告主張の一階南側居室は、その建物の構造、間取り、並びに敷地の周辺の従前からの状況により、やむを得ないものであつて、原告の居住性にさしたる変化はなく、原告において受忍すべきものと言わざるを得ない。

(二) 被告建物の構造(高さ)

原告は、被告建物の築造による原告建物への日照阻害のうち、4.295メートルを超える部分により生ずるものは、原告の社会生活上受忍すべき限度を超え、違法である旨主張するが、原告建物が被告建物建築以前、かりに原告主張のように日照通風を享受していたとしても、被告が所有地を効率的に利用するまでに至らなかつたことからにすぎず、原告主張どおりに4.295メートルを超え得ないとすれば、取毀前の被告旧建物より低く、原告所有建物と同じ高さの二階建すら建築できず、平家建てしか許されないことになり、極めて不都合な結果となる。

被告建物所在地域は、「商業地域」であると同時に「準防火地域」であり、すでに旧国道三号線に面して中層商業ビルが建ち並んでいるところであるから、土地の効率的利用のための建物の耐火構造化及び高層化は不可避の現象である。従つて、住宅地並みの日照、通風を期待し、これをもとに4.295メートルを超える日照阻害を違法とする原告の主張は到底容認することはできない。

(三) 松崎ビルによる日影

昭和五四年六月、原告建物の西側に隣接して、鉄骨造陸屋根四階建のビル(以下、「松崎ビル」という。)が建築され、その建築後は、松崎ビルにより原告建物の一、二階の南側開口部に対し、冬至の場合、午後一時から午後四時まで、大部分の日影を投じることが認められる。従つて、被告建物による原告建物の日照阻害を認定するにあたつては、松崎ビルによる日照阻害分を控除すべきである。

3  地域性

被告建物は、鹿児島本線折尾駅から半径一八〇メートルの距離内で、旧国道三号線(幅員一二メートル)に面して建つており、同敷地の建築基準法上の用途地域は「商業地域」で、防火地域は準防火地域である。

被告建物の周辺地域には、原告所有建物の西側に鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根の松崎ビル(三階建)があるほか、同国道に面して大和ビル、原ビル(以上、四階建)、三国屋ビル、松屋時計店(以上、三階建)などが建ち、更に福岡銀行折尾支店、北九州八幡信用金庫折尾支店、寿スーパーマーケット等店舗が立ち並ぶ「商業地域」である。

4  光熱費増大に対する反論

原告は、照明のための電気料が増大した旨主張するが、これは単に原告が支払つた電気料金だけの比較にすぎない。昭和五四年の第二次オイルショック後の昭和五五年七月電源開発促進税法の改正により、電力料金が値上りしたこと、原告主張の支払電気料金には、風呂の営業分、間借人の電燈、テレビ、その他電気器具などの使用料まで含まれていること、原告の昭和五四年一月から同五七年一二月までの各月の電力の消費量を検討すれば、昭和五四年は四一八四キロワット、同五五年は四二三四キロワット、同五六年は四八七三キロワット、同五七年は四三七〇キロワットとなり、被告建物建築前と後とに極端な差異はないこと、右四年間の委節的変動に似通つた傾向がみられ、七、八、九月の日照時間の長い季節に電力消費量が多いことは、原因としては、かえつて、原告の営業分や間借人の扇風機、クーラーなどの使用による増加を推認することができる。従つて、単に電力料金の差額から推計したにすぎない原告の損害の主張は容認できない。

四  被告の主張に対する反論

1  原告建物の利用状況

原告建物の二階和室八畳二間は稽古事の教室に使用されていたが、それは一週間に一回のみであり、その余は居室として使用されてきたもので、貸間として使用されたことはない。

2  松崎ビルによる日影

松崎ビルによる日照の影響は、一階については、脱衣室において、一五時三〇分から一六時まで、三〇分間認められるに過ぎず、一階の和室・玄関・東側八帖には、全く影響は認められず、二階については、いずれの部屋にも、全く影響は、認められない。

3  地域性

被告が被告建物の周辺地域に存すると主張しているビルは一部を除いて旧国道三号線(現在国道一九九号線)の南側に位置しており、比較の対象とならないものである。

すなわち、大和ビル、原ビル、三国屋ビル、松屋時計店、寿スーパーマーケットについては、旧国道三号線の南側に位置し、日照権について被害を被る地域は殆んどない。北九州八幡信用金庫も、旧国道に面して建つている。

したがつて原告建物と被告建物との間の市道の周辺に位置しているビルは松崎ビル(三階建)のみである。それ以外の原告建物及び被告建物の東側及び原告建物の北側部分については、殆んどが一階、平家建の住居である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告の地位等

請求原因1のうち、原告が「原告土地」及びその地上の「原告建物」を所有していることは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉によると、原告は、昭和三一年六月一八日頃「原告土地・建物」を購入(但し、土地の一部は交換)し、母、妻、子供四人(長男義明、次男祐二ほか二名)と共に引越してきて入居し、原告夫妻は一階南側和室5.5畳を居室として同年七月一日から「富士の湯」の名前で公衆浴場を開業し、現在原告(大正四年三月一六日生)は妻シズエ(大正一〇年一〇月八日生)と二人でなお営業を続けていることが認められる。

二被告建物の建築

請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。

被告建物の位置、構造についてみるに、〈証拠〉によると、被告建物は、南側は、国道一九九号線(旧国道三号線)に面して、間口31.72メートル、北側は市道に面して長さ33.9メートル、西側の長さ3.77メートル、東側の長さ約一三メートルの長方形の三階建ビルで、地盤面から屋上までの高さは10.98メートル、であるが、屋上西側には塔屋(タンク)があつて一部屋上が一段高くなつており、右屋上の高さは地盤面から12.68メートル(この西側部分の三階は、西、南、北三面透明ガラス張り)、塔屋(タンク)の高さは地盤面から17.7メートルであり、各階の床面積は一階が256.31平方メートル、二、三階は各271.28平方メートルで合計798.87平方メートルであることが認められる(別紙図面(二)参照)。

三日照被害について

そこで、原告が、被告建物の建築により被害を受けているか否かについて検討する。

1  原告建物の位置、構造、利用状況

〈証拠〉によると、原告建物は、被告建物の北側に位置し、幅員約3.8メートルの市道に面して南向きに建てられていること、原告建物の構造は、東側の居宅部分(間口5.17メートル、軒の高さ4.98メートル、棟の高さ6.93メートル)と、西側の浴場部分(間口9.86メートル、軒の高さ七・七九メートル、棟の高さ不詳)とからなり、居宅部分の一階南側の和室5.5畳は原告ら夫妻が昭和三一年建物を購入して入居以来居室としているもので、東側に開口部なく、南側に幅約2.2メートルの廊下を経て開口部(地盤面から窓の中心までの高さ1.295メートル)を有するが、市道との間に市道側から室内が直接見えないように高さ約1.6メートルの板塀が設置され、日照の障害ともなつていること、居宅部分二階の三室は貸間として利用され、もと学生らが入居していたが、昭和五八年三月卒業以降は入居者はなく、市道に面した和室八畳は東側に開口部はなく、南側に、幅約2.2メートルの廊下を経て開ロ部(地盤面から窓の中心までの高さ4.07メートル)を有すること、また、浴場部分の一階は北側が浴槽、南側が番台と男女の脱衣場であり、西側に開口部はなく、南側に開口部を有するが、浴場入口であつて市道側から浴場内が見えない構造となつていること、浴場部分の二階のうち右脱衣場の上に当る和室八畳二間は、幅約1.8メートルのいわゆる一間廊下のサンルームが付属して南側に大きな開口部(地盤面から窓の中心までの高さ6.15メートル)を有し、妻シズエの琴の稽古、教授のための部屋として使用されていたが、常時使用されていたわけではないこと、以上の各事実が認められ、これに反する証拠はない(別紙図面(二)参照)。

2  日照被害

〈証拠〉によると、次のとおり認めることができる。

(一)  冬至の日において、原告建物の二階西側和室八畳の窓ガラスの中心から隣室の和室八畳の窓ガラスの中心(地上からの高さ6.115メートル)にかけて、一五時から一六時までの間一〇分ないし六〇分の日照があるだけで、原告夫妻の居住する一階和室5.5畳及び二階東側和室八畳は終日日影にある(別紙図面(三)参照)。

(二)建築基準法五六条の二で規定されている冬至の日における平均地盤面からの高さ1.5メートルを基準とすれば、甲第一二号証の一〇の日影図のとおり、原告建物一階の浴場部分の脱衣場の南側開口部において一四時三〇分から一六時まで九〇分間日照があり、また、平均地盤面からの高さ四メートルを基準とすれば、同号証の一一の日影図のとおり原告建物二階サンルームの和室八畳二間の南側開口部において、ほぼ同時刻九〇分間の日照があるが、その他の部屋は終日日影にある(別紙図面(四)参照)。

(三)  検証の結果、

(1)冬至に近い昭和五八年一二月二一日午後三時における日照は、検証見取図第三図に示すとおり、被告建物の前記透明ガラス部分を通しての日照で、これが浴場部分の屋根及びその南側面の一部分に及んでいるだけであつて、その外に原告建物の日照は全くない。

右日照部分の東側部分は、被告建物による影であるが、西側部分及び浴場部分の西側面の全部は、松崎ビルによる影となつており、原告建物の日照阻害は、被告ビルと松崎ビルのいわゆる「複合日影」であることが認められる。

(2) 春分の日に近い昭和五九年三月二三日午後三時における被告建物の影は検証見取図第二図のとおり、原告建物居宅部分南側にある板塀の線までであつて、原告建物に及ぶ日照阻害はなく他方浴場部分西側の日影部分は全部松崎ビルによる影となつている(別紙図面(五)参照)。

(3) 夏至に近い昭和五九年六月二七日午後三時における日影、日照状況について、被告建物の日影は、その東方にあつて、原告建物には全く及んでいない。

原告建物西側面の日影部分は、松崎ビルによる日影である。

3  以上をまとめると、被告建物の建築により原告建物は、冬至において、一階部分につき午前八時から午後四時まで全く日照を享受できず、二階部分につき、サンルームのある和室八畳二間につき、午後三時から午後四時までの一時間日照を享受することができるが、二階東側和室八畳は午前八時から午後四時まで全く日照を享受できない。

しかし、冬至以外の時期における日照被害の状況については、夏至及び春分(秋分についても理論上同一と解する)の午後三時の時点において、被告建物の影は原告建物に達せず、全く日照阻害はないといえるが、その他の時点における立証はない。

四責任原因

右認定の事実によれば、被告建物の建築の結果、原告の居住する部屋の日照が阻害され、住居としての適応性が相当程度侵害されたことが認められる。

ところで、被告建物の建築による日照阻害の程度が、社会通念上一般に受忍すべき限度を越えないと認められる限りにおいては、違法性を有せず、したがつて右建築行為は不法行為とならないというべきであるが、右建築行為によつて一般に受忍すべき限度を越えて他人の生活利益が侵害されるに至つた場合にはそれは違法となり、不法行為を構成すると解される。

そうして、右受忍限度の判断に当つては、加害建物建築の必要性、日照被害の程度、地域性、加害及び被害建物の用途、先住関係、加害建物の公共的規制適合の有無等諸般の事情を総合的に考慮すべきである。

1  被告建物建築の必要性

〈証拠〉によると、被告の父訴外亡坂田早實は、被告土地において、旧国道三号線が開通した昭和二年前後にかけ、次々に継ぎ足し乍ら「被告旧建物」を建築し、「坂田商店」の店舗や貸家として利用してきたが、その後、被告がこれを受け継いだこと、被告は、昭和五五年に入り、被告旧建物が、すでに五〇年以上経過した木造の建物であつたため老朽化し、雨漏りがひどく、漏電のおそれもあり、修理に多額の費用を要する状況であつたため新しく建てかえることとし、折から後記認定のように折尾駅前地区再開発の事業計画案も検討され次第に三、四階の商業ビル建設可能の情勢に変つてきたため、旧建物を取毀して新しいビル建築を計画した。

2  日照被害の程度

原告は、前記のとおりの日照被害を被つたが、なお、(一)被害の測定時を冬至のみでなく、冬至を中心にした秋分から春分までの一定時期における被害の内容、また(二)被告旧建物の時にもかなりの日照被害が考えられるので、被告建物による日照被害と取殿し前の旧建物による日照被害との比較、さらに(三)松崎ビルによる日影の影響の有無について検討する。

(一)  秋分から春分までにおける日照被害

前記のとおり、検証の結果によれば、春分に近い三月二三日午後三時の被告建物の日影は、原告建物に及んでいないことが認められるが、その他の時点における被害状況についてはこれを認めるべき証拠はない。

しかし、春分における右状況からすれば、原告建物の二階における日照阻害の状況は、かなり緩和されたものと考えられる。

(二)  被告旧建物による日照被害との比較

原告は、被告建物の高さを4.295メートル(一階、和室5.5畳の南面のガラス窓の中心点の基準地盤からの高さ1.295メートルプラス三メートル)とすれば、冬至において、一一時三〇分から一四時五〇分の間三時問二〇分日照を回復できると主張する。

これに対し、被告は、原告主張の高さとすれば、取殿前の「旧建物」より低いと反論するので、被告建物と取穀し建物との日照被害の比較をする。

乙第一六号証の日影図によれば、取り殿した被告旧建物による日照被害の状況は、原告建物の南側開口部の地上から1.5メートルの地点で午前八時から午後四時まで日照が阻害されることが認められる。

しかしながら、右日影図は、四棟ある被告旧建物中西端の旧坂田商店の木造瓦葺二階建店舗の軒の高さを七メートルとし、これを基にして他の建物の高さを6.5メートルから8.5メートルと推定したもので、旧坂田商店の軒の高さの右七メートルは甲第一八号証の七の記載内容に照らして採用できない。かえつて、〈証拠〉によれば、旧坂田商店の軒の高さは矢崎綜業広告塔の上から三枚目の案内板「二F、美容室アリス」の底辺の線の高さとほぼ同一と考えられ、5.5メートルと推定するのが相当である。

また、被告旧建物の屋根は、「陸屋根」ではなく「入母屋」又は「切妻」の形式であつて〈証拠〉によつても明らかなように、北側(裏側)の軒の高さの方が、南側(表側)の軒の高さよりも低く、日照を阻害しない建物の構造であること、〈証拠〉によると、四棟の被告旧建物のうち一棟(別紙目録(四)の二)は、大正一三年一〇月二二日保存登記された「木造瓦葺平家建居宅」であつて、最も低い建物と考えられ、旧建物四棟は同一の高さではなくそれぞれ高低があつたことが認められる。

右認定の事実からすれば、被告旧建物の日照阻害の状況は〈証拠〉の日影チャートのとおり、原告建物の一階和室5.5畳において午前八時から同一一時二〇分まで、及び午後二時四〇分から午後四時までの合計四時間四〇分日照が阻害され、また、二階東側和室八畳において、午前八時から八時四〇分までの四〇分間日照が阻害されたと認めるのが相当である。

(三)  松崎ビルによる日影

被告は、原告建物が松崎ビルによつて冬至において、午後一時から午後四時まで一、二階の南側開口部に対し大部分の日影を投ずると主張する。

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 訴外松崎文平は、昭和五四年六月一六日頃、原告建物の西側に距離約一メートルをおいて実質三階建で高さ11.1メートルの「鉄骨造陸屋根四階建店舗居宅」(一階204.84平方メートル、四階は30.16平方メートル、で高さ13.75メートル)を建設した。

(2) 右「松崎ビル」(正式には「ひまわりビル」と命名)による日影は、二階の東端に取付けたクレジット会社の看板による日影と共に、冬至の日において、午前一一時頃から、午後四時頃まで原告建物の西側から南側にかけて落とし、その間、被告建物による日影と重複することもあるが、両影は主として原告建物の屋根の上であつて、松崎ビルによる日影は、原告建物南側の1.2階開口部に対し、概ね午後三時頃から四時頃にかけての一時間以内である。

(3) 「富士の湯」の営業時間は、午後四時から午後一一時までであつて、冬至において日没に近い時間からの営業である。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によれば、松崎ビルによる日影は、原告に何ら実質的被害を与えておらず、「複合日影」として考慮する必要もない(別紙図面(五)(六)参照)。

(四)  受忍限度

以上の事実によつて、日照被害の程度について考えるに、後記認定のとおり、商業地域においては、一階開口部での日照は期待できないので、二階開口部について検討する。

前記認定事実によれば、冬至において、被告旧建物によつて、二階東側和室八畳で午前八時から八時四〇分までの四〇分間日照が阻害されたが、二階サンルームのある和室八畳二間は午前八時から午後四時まで日照を享受できたところ新築された被告建物によつて、二階サンルームのある和室八畳二間は午後三時から午後四時まで一時間しか日照を享受できなくなり、二階東側八畳の日照は終日望めなくなつたことが明らかである。

しかしながら、被害測定時を冬至のみに限らず、冬をはさんだ秋分から春分に至る期間について日照阻害の状況を検討すれば、立証は必ずしも十分ではないが、日照阻害はなお限定的であつて、原告の二階和室の利用状況からみても日照被害はなお受忍限度の範囲内にあると解するのが相当である。

3  地域性

原・被告土地のある地域一帯が、筑豊本線と鹿児島本線に挟まれた地域にあること、同地域が「商業地域」にあることは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  被告建物は、折尾駅の東北約一八〇メートルの地点に位置し国道一九九号線(旧国道三号線、車道幅員約一〇メートル)とほぼ東西に走る市道(幅員約3.8メートル)とが交差する三角地帯に建ち、市道を挟んでその北側に原告建物がある。

(二)  原・被告土地は、都市計画法上の「商業地域」、準防火地域に属し、建築基準法五六条の二に基づく日影規制の適用対象地域外である(当事者間に争いのない点は前記記載のとおり)。

(三)  被告ビル周辺は直接「折尾駅前地区再開発事業計画」の対象地区に入つていないが、北九州市が施行主体となつている右再開発計画は昭和五六年現在で四階建ての商業ビルを建て食道街を設け、西鉄折尾電停を三階建てに改築し、駅前広場を四倍に拡張するなど北九州市西部の学園都市にふさわしい街づくりにしようと昭和五四年に都市計画決定をされたもので中高層ビルも増えつつあり被告土地が折尾駅より半径一八○メートル内に位置する地理的条件からみても、今後の発展が予測される。

(四)  被告建物の面する国道沿いの状況は、両側に商店、銀行、事務所等が林立し、国道の南側についてみるに、被告ビル西側の交差点から東方へ一五〇メートルの間に、六階建ビル一棟、四階建ビル四棟、三階建ビル四棟が建つており、その外は二階建以下の建物である。

(五)  原告建物の面する市道沿いの状況はその西隣りに一部四階建の前記「松崎ビル」が建ち、その西側にも四階建ビルが並んで国道と合流するかたちであるが、原告建物の東隣りは、原告が経営する坂田商店の「鉄筋コンクリート並木造セメント瓦葺二階建倉庫兼居宅」

(昭和三九年一二月建築)が建ち、これより市道東側は国道の裏通りという関係にあつて低層の木造住宅街(一部店舗が存する)で比較敵閑静な筑となつており、また原告建物の北側は日蓮宗正賢寺のある小高い丘となつている(その詳細は別紙図面(一)のとおり)。

(六) 以上認定したところから、被告建物がその周辺地域の地域性に適合するかどうかについて検討するに、被告土地は国道と市道が合流する三角形の地点に位置し、二つの道路に面してそれぞれの対応を迫られているともいえるが、大勢としては中高層ビルの立ち並ぶ国道沿いの土地として、三階建の建物はありふれた通常の形態であつて、建物の用途の点でも賃貸ビルを目的とすることは商業地域にふさわしく、地域の性格に適合した土地利用であつて、被告建物はこの地域の一般的状況と調和するものといわざるを得ない。

原告は市道沿いにはなお木造住宅が立さ並ぶ実質的な住居地域が残つていると主張するが、かりにそうだとしても、被告土地は市道の西端にあつて松崎ビルに隣接して商業地域に属し、原告建物は7.79メートルの軒を有しながら、被告建物に対し、これより低い4.295メートルの高さを要求することは許されない。

4  建物の用途、先住関係

〈証拠〉によると、被告建物は原告主張のように専ら営利を目的とする賃貸ビルであつて現に洋服販売店、美容室、焼肉店が入居し、全く公共性を有しないが、原告建物も道路に面して間口三分の二を湯屋営業の目的に利用しているものであつてこの点では双方同じ条件であるが、先住関係では前記のとおり被告は先代からこの地域に住んでいるので、互に先住性は主張しえない。

5  公法的規制の遵守等

〈証拠〉によると、被告は、被告旧建物を建てかえることとし、北九州市の建築課とも相談したところ、付近は商業地域で日影規制の適用はなく、五階建まで建設が可能な地域であるとの回答を得たので昭和五五年三月末頃四階建ビル建設を計画し、完成予想図も完成していたが日照権問題も考慮して自発的に三階建ビルに計画を変更し、同年四月頃には完成予想図を被告旧建物の前面に掲げて公示し、同年五月九日付の建築主事の建築物確認通知も得たので、工事着工前の同月一九日頃請負業者の現場主任と共に原告方を訪問し、具体的に高さの説明はしなかつたが、三階建の被告ビル建設の挨拶をし、地鎮祭にも参列してもらうことができた。工事に当つては、被告建物の背面が「富士の湯」の正面入口と対するので、被告は照明用に被告建物の背面に六個の街灯を設置して原告の営業上の配慮をなした。しかし、その後、同年一一月一〇日頃原告の妻から建築工事中止の申し入れがなされ、本訴提起に至つた。

6  日照阻害の違法性

前記のとおり原・被告土地の存する地域が「商業地域」に属することについては、当事者間に争いがないが、本件は商業地域における日照紛争事件であつて、原告は、日照被害の重大性と原告土地が実質的に「住居地域」と異ならないと主張して商業地域である点を争う。

ところで、原告土地が「商業地域」(都市計画法九条)に指定された経緯や内容については、証拠上明らかではないが、前記認定のように、原・被告土地が折尾駅から半径一八〇メートルの地点にあつて、すでに中高層化の傾向がみられ、将来の発展も予想されて周辺地域は商業地域に適合したものであると認められ、実質的にも商業地域に属するということができる。

そうだとすれば、日照被害につき、商業地域では特段の事情のない限り、二階開口部で測定すべきことは、建築基準法の趣旨に照らしても明らかであつて、本件についても商業地域についての実態が備わつているので一階開口部での日照は期待できないと解するのが相当である(東京高裁昭和六〇年三月二六日第八民事部判決、判例時報一一五一号二四頁参照)。

そうして、二階階開口部における日照被害の程度については、すでに検討したように冬至を挟んで秋分から春分にかけての一定期間における日照被害の程度と原告の二階和室の利用状況を観察するとき、被害はなお限定的といえる。

その他被告建物が、その構造において原告の立場を配慮したものであり、公法的規制にも適合した適法なものであることなど諸般の事情を総合考慮すれば、原告の被る被害は、社会通念上一般に受忍限度内のものと解される。したがつて、被告建物の建築行為を違法であるということはできず、他に違法性を推認させるに足る資料はない。

五結論

以上の次第であつて、不法行為に基づく原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官三村健治)

別紙目録(一)〜(五)〈省略〉

別紙図面(一)、(三)〜(六)〈省略〉

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